プロフィール

≪施設入寮4回、ついに掴んだ回復の道≫
名前 :須藤 浩太(すどう こうた)
役割 :東北グレイス・ロード 生活支援員
ピアカウンセラー
役割 :東北グレイス・ロード 生活支援員
ピアカウンセラー
※国立病院機構久里浜医療センター
『ギャンブル等依存症回復施設職員研修プログラム』修了
『ギャンブル等依存症回復施設職員研修プログラム』修了
出身地:新潟県
経歴 :元薬品会社勤務
趣味 :サウナ、岩盤浴
山梨グレイス・ロードの回復プログラムを経て、2024年5月より職員として活動。
あいさつ・回復の体験談

東北グレイス・ロードでピアカウンセラー・生活支援をさせていただいている須藤です。
今も苦しむギャンブル依存症者の皆様へ、私の体験談が回復を始めるきっかけになればと思います。
パチンコと出会ったのは大学進学を控えた高校3年生の春休み。5千円が7万円に増えて、簡単にお金が増えていく事が楽しく感じました。大学に進学するとすぐに、家庭内の金品を盗むことが始まり、バイト先からお金を盗んで警察沙汰にもなりました。その都度両親から怒られ、次はもうしないと決めていました。しかし、パチンコを目の前にすると自分を止める事ができませんでした。
大学を中退し就職してすぐに借金を始まりました。
ガス・電気・水道のライフラインが止まり、部屋の中は常に真っ暗でした。食べるものもなく、このままじゃ死ぬかもしれないと思っても、ギャンブルは止まりませんでした。自殺しようと思ってもできず、死ぬ事のできない自分に絶望しました。なぜギャンブルが止まらないのか自分では分かりませんでした。
母親の紹介で別の施設や山梨のグレイス・ロードに繋がったが、施設を飛び出すことを繰り返していました。ギャンブルが止まらず犯罪も加速していきました。
自分なんか幸せになんかなれないと思い、周りで幸せそうにしている人間が嫌いでした。もうすべてがどうでも良くなっていました。
その後、実刑判決を受けた刑務所での生活は地獄のような日々でした。母親から「元気でいてくれてよかった」という手紙が来たときは、崩れ落ちて涙が止まりませんでした。
いつ死んでもいいと思っていた自分が「生きたい」と思い、施設に戻りプログラムをやる以外に道はないと思いました。はじめて「助けてくれ」と言えました。今思えばここがターニングポイントだったと思います。
山梨県のグレイス・ロードに再度入所し、入所者の正直な姿や変わろうとする姿が、自分に色々な事を教えてくれました。自分はもう1人ではない安心感がありました。何度繰り返しても全く効果のなかったプログラムが、自分の中にすっと入ってくる感覚がありました。
自分のしてもらったことを返す、自分の経験を手渡していく事、それが回復にとってとても大切な事だと感じています。
施設の職員はいつも楽しそうに仕事をしていて、自分もこの人達と一緒に笑って仕事をしたいと思い、職員を目指そうと思いました。新しい事だらけで大変な部分もありましたが、自分も今、あの時見た職員と同じように笑いながら仕事ができています。
多くの入寮者の存在に感謝しています。今後も同じ依存者達のサポートを通して、自身も成長を続けていきたいと思っています。
今なお苦しんでいる依存症者の皆様へ、東北グレイス・ロードをやり直しの場として使ってもらえましたら幸いです。私たちと一緒に、新しい幸せな人生を掴むことを願っています。